お気楽SOHO人の今日も嵐な日

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zoom RSS 勘三郎さん、ありがとうございました。

<<   作成日時 : 2012/12/31 18:32   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 14 / トラックバック 0 / コメント 2

やっぱり年内に文字として残しておきたいと思い、
2012年ぎりぎりですが、勘三郎さんのことを記しておきます。

昨晩深夜、
勘三郎さん関係で録画しておいた番組を
DVDに焼いて、HDDからも削除しました。


12月5日のお通夜での松本さんのインタビュー。

次男の七之助さんと同級生なんですが、
僕ら同級生を、
自分の息子のように、みんなわけへだてなく
かわいがってくださいました。


(松本潤さんのことをライバルだと言っていたとか?)
いえ、そんなことはないと思うんですけど、
本当にまったく違う世界の方ですけれども、
「みんな一緒だよ」「みんなで一緒にがんばろう」
って、いつも言って下さって。
舞台を見させていただいた時も
楽屋の方におじゃますると、
いつも「がんばってるか〜」とか
やさしく声をかけてくださいました。


(どんな姿が今一番浮かびますか?)
・・・・・・。
・・・・・・。
ちょっと、、、、、、・、
いろいろありすぎて、ちょっと難しいです。



(対面して、どんな言葉をかけられた?)
本当にいろんなことを教えていただきましたし、
時には叱ってくださったこともありますし。
・・・・・・。
・・・・・・。
「ありがとうございました」って。



(七之助さんが南座でがんばっていますが?)
・・・・・・。
僕にできることは、
全力でサポートできたらいいなと思っています。


(お別れの言葉をかけるとしたら?)
・・・・・・。
・・・・・・。
まだかけられないですね。
まだかけられないです。



(どんなことを叱られた?)
もう本当にいろいろなことを
本当にたくさん、仕事のこともそうですし
僕らがやっていることを見に来てくださって
いろんなことをアドバイスしていただきましたし、
プライベートのことで相談にのって頂いたことも
たくさんあるので。



いつもはとても饒舌な松本さんなのに、
勘三郎さんのことが思い出されるように、
顔を上げたり、目に涙をためていたり、
どこか焦点が定まってなかったり、
ときおり、言葉に詰まっていた姿がとても印象的でした。

隣りにいたスタッフ(?)に、「そろそろこの辺りで・・・」と言われつつ、
ひとつひとつ言葉を丁寧に選びながら、誠実に話していましたよね。

七之助さんのことも
まだ自分自身が混乱している状態だろうに、
亡くなった当日に、
親友のことを「全力でサポートしたい」って、
29歳の若さでなかなか出てくる言葉じゃない気がします。


どこかのWSでお通夜の日、遅くまで家にいたようです、
と言われていたので、
深夜に京都から戻られた息子さん達とも会えたのかな?


その後のいろんな映像で映っていましたが、
浅草の文扇堂さんのご主人と、橘右之吉さん。
勘三郎さんと数十年来のおつきあいのある方。
そして、勘三郎さんと親交のあったいとうせいこうさんの話を聞く会に
22日に浅草へ聞きに言っていたのですが、
文扇堂さん、橘右之吉さんもお通夜の日、夜遅くまで家にいたそうです。
「どうやったってしんみりしちゃってたからね」と、
おっしゃっていました。

でも、勘三郎さんの“いらち”なトコとか、
かなりの悪筆で(苦笑)、勘三郎襲名の時の署名のお師匠をしていたとか、
“破天荒”なトコとか、
「ある時期は、ケンカして本当に嫌いになりそうな時があった」とか、
とっても勉強熱心で、古い資料が見つかる度に
どんどん芝居に取り入れていっていたとか、
舞台でも『テルマエ・ロマエ』をやりたいとおっしゃっていたとか、
平成中村座の『め組の喧嘩』のあの舞台(板)は、
定員○人くらいの耐性しかないんだけど(仮設だから)、
大千秋楽の時は壊れてもいいからって、
出演者全員が乗ったんだよね、とか、
告別式の時、愛車のアストンマーチンに勘三郎さんが乗っていたとか、
酔い覚ましに行った神社で勘三郎さんの存在を感じたとか、
いろんなエピソードが聞けて、
哀しいテーマではあったけど、とっても楽しいお話でした。
勘九郎時代の貴重な隈取も見せていただきました。
3人とも、なるべく明るく話したいとおっしゃっていたし。

お話が始まる前は、
ホントのプライベート映像、
『め組の喧嘩』の大千秋楽の舞台での打ち上げの様子を
流してくれていました。


3人が3人とも、
「これからだったのに」と。。。


画像
本葬の日、平成中村座跡からのスカイツリー



12月5日のお通夜での水谷八重子さんのインタビュー。
ビデオで(京都南座での口上を)拝見させて頂きましたけども、
お父様が乗り移ってらっしゃるなあと、そう思いました。
それが“襲名”の意味なんじゃないかなあと、そう思いました。。



この部分は、WSでもあまり流れなかった気がするんだけど、
これを聞いて、襲名という言葉が、スッと入ってきましたね。



告別式での喪主挨拶(代読)
短い人生ではありましたが、
素晴らしい先輩、後輩、仕事仲間、お友達、ファンの方に囲まれて
楽しい人生、素敵な人生、かっこいい人生を
まっとうすることができたと思っております。

父はICUでの131日間、
回復することを信じて闘い抜きました。
心が折れそうになる私ども家族を
時には励ましてさえくれました。

11月の初旬に3ヶ月ぶりに声を出すことができました。

その時の言葉が、
好江、雅行、隆行、愛、七緒八、
そして「ありがとう」でございました。

父を大切にやさしく愛してくださって、
ありがとうございました。

波野哲明を主人に、そして父に持てたことを
私たちは誇りに思っております。



代読された方、元フジテレビのアナウンサーの方で、
毎年、中村家の新年会の司会をつとめられていた方だそうですね。
もちろんしっかりと代読されてましたが、
一瞬だけ、グッとこらえていたように思えました。



その後のインタビューだったかな?
実は、声を出すことが出来たとき、
勘三郎さんが呼んだのは、好江夫人の名前だけだったそうですね。
過去にはいろいろありましたが、
やはり好江夫人を一番に思ってらっしゃった。



藤山直美さん、舞台会見時のインタビュー。
12月7日モーニングバード
私もまた生まれ変わっていたら、
声をかけてくださいねって。


(目印がなくても見つけられる?)
そうですね。
世の中で一番ガチャガチャと落ち着きない男の人探したら、
勘三郎さんでしょうね(笑)
巡り会えたことを感謝しています。




染五郎さん、舞台会見時のインタビュー。12月7日。
どういう言葉でも足りないような。。。

常に歌舞伎に対して危機感を持っていたお兄さん
じゃないかなって思っています。
その精神を受け継いで、
“生きている歌舞伎”をやっていければ、作っていきたいと思っています。




南座襲名披露公演中での勘九郎さんインタビュー。
12月24日朝放送のNHK「おはよう日本」内。

ほんとに(父は)怖かったですね。

・・・・。

ほんとにこれからだったんだよなー。

やっと、その恐怖心が解放されて
「お父さん」という存在の中にちょっと踏み込めるかなという時だったんでね。

悔しいです。



「勘九郎」襲名は、
憧れていた名前だから、素直にうれしい、
とおっしゃってました。

亡くなった当日の南座での口上については、
「しっかりしなきゃいけない」とは思いました。
ここで崩れてしまってはいけない。



襲名について
(勘三郎さんの)有言実行、それはかっこいいと思ってましたね。
魂は必ず引き継いでいきます。
そうじゃなければ、“勘九郎”じゃないじゃないですか。

舞台に立つと言うことは大変ですし、
役をやらせていただくことは大変ですし、
それをひっっくるめて、
生半可な気持ちではいけない。

気持ち的には勘太郎の時と一緒ですが、
これから徐々に変わってくるんじゃないかな。
でも、芯はぶれないようにしたいですね。



第2子の妊娠のことは、
病床の勘三郎さんにもお伝えできたそうですね。
よかったです。

これからの中村屋は、
勘九郎さんと七之助さんが背負っていく立場ですからね。
そして勘九郎は来年2月。



画像


12月27日の浅草平成中村座跡での、
最後のお練りに行ってきました。
雲ひとつないくらいのお天気でした。

ちょっと早めに到着したので、
記帳もすぐできましたし、
お通夜の時と同じ遺影もあったので、
写真も撮ることができました。

9時過ぎからずっとお囃子が鳴っていて、
刻一刻と、文京区のお宅から車が出たことが伝えられ、
9時半ごろでしたか、車が到着しました。

そのちょっと前から、浅草仲見世のお神輿がかつがれ、
あちこちから「中村屋!」「十八代目!」と声がかかる中、
勘九郎さんと七之助さんをお迎えしました。


マスコミはもちろん、人も大勢いたので、
好江夫人と愛さんがいたことには気がつかなかったのですが、
幸い私は前から2,3列目くらいにいたので、
勘九郎さんと七之助さんを一瞬拝見するこができました。

目に涙をためながらも、お神輿を見てうれしそうでした。

私ももちろん、まわりいっぱいのファンの方々も
みんな泣き笑いでした。

そしてお見送りの最後は、
お神輿の上に乗っている方の音頭で
その場にいた皆さんで三本締めでした。


明るく送れたのではないかなと思います。。。



急いで電車に乗って、歌舞伎座を目指したのですが、
やはり間に合わずでした。
到着した時には、すでに築地本願寺へ向われていたそうです。

あの時間の歌舞伎座から築地本願寺へ向う道中、
喪服姿の方が本当にたくさんいました。


この日は午後から舞台観劇の予定があったので
(古ちんの新感線。古ちんも勘三郎さんと親交ありましたよね)
ご焼香をする時間がないとはわかっていましたが、
歌舞伎座から築地本願寺へ歩いていき、
築地本願寺に手を合わせてきました。

黒塗りのハイヤーが何台か入っていったので、
きっとどなたか著名人だったのでしょう。

一般焼香は1時間の予定だったそうですが、
夕方遅くになっても人がきれず、
途中で並ぶのを断ったそうですね。


その後、本葬の様子をテレビで見ましたが、
三津五郎さん、野田秀樹さんの言葉に
胸が痛く締め付けられるようでした。

小三山さんは車椅子で泣き崩れていらっしゃいましたよね。
でも、もちろん、
京都南座では千秋楽までつとめてらっしゃって。
さすが、中村屋最長老のお弟子さんです。


嵐からは、
大野さん、櫻井さん、二宮さんが列席したようですね。
櫻井さんは「め組の喧嘩」をしやがれロケで見に行っていたし、
二宮さんはたまたま勘三郎さんと飲みの席で同席したことあったし、
息子さん2人とは番組でも共演してるし、
松本さんは行けなかったようですが、
嵐から3人も列席できてよかったなと。

東山さんは「元禄繚乱」で共演してましたよね。
それまで忠義一辺倒と思い込んでいた蔵之助でしたが、
「元禄繚乱」を見て、
そうでもなかったんだなー、大河ドラマを見て、当時思ってたのですよね。
タキツバも出てましたよね。もちろん七之助さんも。


2週間前くらいかしら?の
大竹しのぶさんのラジオでも、
ちょっと勘三郎さんのことに触れていました。
番組の最後の最後に、今井美樹の「PRIDE」を流して。

録音してあるので、
大竹さんのメッセージは後日加筆します。

>加筆しました →



つい先日、グループ魂がライブをやった会場の、
グループ魂のブース?には、
「中村屋」の千社札が何枚も貼ってあったそうです。
官九郎さんらしい、追悼の現あらわし方ですよね。

先々週くらいだったかな?の週刊文春かな?の官九郎さんの連載でも、
七之助さんと勘三郎さんのエピソードが書いてあって、
ほほえましいんだか、ちょっと笑っちゃうんだか、
読んでいて、思わず笑みを浮かべながらも涙が出ちゃいました。


歌舞伎座で見た、『大江戸りびんぐでっど』は
衝撃的でしたよ(笑)
私の前に座っていた年配のおじさんなんて、
演目見ながら、どんどん不機嫌になっていくんですもん(笑)
私まわりは割と批判的な客層でしたが、
もちろん私は拍手喝采!

おもしろい舞台だったなー。魚の着ぐるみって!



手術3日前のインタビュー映像を昨晩遅くにようやく見ました。
フジテレビの。

癌がリンパに転移していて、
生存率15〜30%だったと、この番組で初めて知りました。
手術は成功したけれど、
あまりに身体に負担のかかる手術だったようですね。

毎年健康診断を受診していたのに、
昨年は難聴をかかえていたため、
たまたま定期健診を昨年は受けていなかった。
もしも受けていたら、、、と思わなくはないですが、
「しょーがないよね」と映像の中の勘三郎さんは言ってた。


11月27日。
病床で寝たきりになっている勘三郎さんを
抱きかかえながら笑顔を見せていた好江さんとの、
最後の結婚記念日の一枚の写真。



短い歌舞伎観劇歴なのにもかかわらず、
思い出がいっぱいあります。

著名人の方々も、勘三郎さんに近しかった方々も、
思い出がつきない様子です。
「あんな人は絶対いない」「あんな人はもう二度と現れない」
って皆さんおっしゃってますもんね。


本当に多くの方々に愛された方でした。



これからも、好江さん、勘九郎さん、七之助さん、
愛さん、七緒八くん、生まれてくる子ども、
中村屋の皆さんのことを、
ワイワイガヤガヤ言いながら
お空から見守って下さること信じています。


中村勘三郎さん、ありがとうございました。

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なるほど(納得、参考になった、ヘー)

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
大竹しのぶさんのメッセージ、録音していらっしゃるんですね。 時々垣間見ることができたお二人の友情に、心打たれています。加筆を待つておりました。お手数ですが、後日ぜひ、よろしくお願いいたします。
加筆を待っています
2013/02/07 16:00
加筆を待っています様
コメントありがとうございます。すっかり失念しておりました。遅くなってしまいましたので、新しいエントリーにしました。おそらく、前の週にもっとお話されたのかな?と思いますが、それは聞いていなかったので。ほんの少しですが、お二人の交流がかいま見られた気がしました。
加筆を待っています様へ
2013/02/08 15:43

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勘三郎さん、ありがとうございました。 お気楽SOHO人の今日も嵐な日/BIGLOBEウェブリブログ
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