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zoom RSS 勘三郎さん・・・

<<   作成日時 : 2012/12/06 00:13   >>

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早朝、ニュースを聞いた瞬間から、
今日はずっと泣いていました。
泣き腫らしていました。
なんで・・・。

私に歌舞伎を見るきっかけを作ってくれたのは潤くんだけど、
私に歌舞伎のおもしろさを教えて下さったのは勘三郎さん。
一番好きな歌舞伎役者さんでした。
歌舞伎界にとって、大きな大きな、本当に大きな損失かと思います。


どうにもじっとしていられなくて、
新歌舞伎座の工事現場へ行ってきました。

後ろに高層ビルが建って、情緒もなにもありませんが、
どんなにかこの場所に立ちたかったことか・・・。

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勘三郎さんへのお悔やみのメッセージは、
またあらためてここに記したいと思います。


【追記】

平成24年12月5日 京都南座襲名披露・顔見世興行

七之助さん口上

父が今朝亡くなりまして、
本当にあたたかいお言葉を頂戴し、ありがとうございます。
本当に愛された人だと、つくづく感じております。

私の今の気持ちは、
去年に祖父を亡くしまして、
今年に入って父を亡くしまして、
偉大な二人を二年間で亡くしてしまいまして、
本当にどうしていいか、わかりません。

ですが、まだ、兄の襲名が2月まで続きます。
父に言われました。
「兄の襲名をお前は全力でサポート、支えろよ」と。

今はこの言葉を胸に一日一日芸道に精進する所存にございます。

それには、諸先輩の皆さんのお助け、また後輩のお助け、
お客様ひとりひとりの助けも必要でございます。
なにとぞ、この後とも、私たち兄弟お見捨てなく、
ご指導、ご鞭撻のほど、
ひとえによろしくお願い申し上げまする次第にございます。



六代目勘九郎さん口上

松竹株式会社、また先輩、後輩、幕内、
みなみなさまのお力添え、
そしてごひいきいずれもさまのご賛同を得まして、
父が46年間名乗り、戦い、魂を込もりし、
勘九郎の名跡を6代目として襲名させていただくことと
あいなりましてございます。

このような立派な襲名披露興行や、
この勘九郎の襲名披露興行がこうやってできますのは、
本当に父のおかげでございます。

父・勘三郎と、母・好江の間に生まれたことを
誇りに思い、感謝をしております。


言葉に詰まる勘九郎さんに、
大向こうさんから「頑張れ!」の声が。そして励ましの拍手も

「親子は一世」という言葉がございまして、
芝居でございますけど、
先ほど、我當のおじさまが
「親孝行者だ」とおっしゃって下さいましたけれど、
何もできておりません。
生みの恩も返せておりません。

本当に悔しうございます。

もっといっぱい芝居がしたかったし、
教わることなど数え切れないほどあります。
話もしたかった。
飲みに行きたい場所もいっぱいあります。
本当に悔しうございます。

しかしながら、
一番悔しいのは父でございます。
人一倍の悔しがり屋でございました。
だって、大好きな芝居がもうできないんです。
大好きな先輩、後輩、仲間と芝居ができない。
そして、皆さまの笑顔が見られない。
本当に無念だと思います。

私たちも無念です。

しかし、ひろ兄が先ほどおっしゃってましたけれど、
本当に前に進むしかないと思っております。
進まなければ、もっと怒られると思います。
そういう父でした。

ですので、
頼もしい弟・七之助、ならびに、
中村屋スピリッツを受け継ぐし門弟、
中村鶴松、中村小山三、中村勘之丞、
中村山左衛門、中村仲之助、中村小三郎、
中村いてう、中村仲四郎、中村仲太郎、
みなとみんなで一所懸命努力精進し、切磋琢磨し、
父がいつも言っておりました、
お客様に少しでも笑顔になっていただくように、
お客様に少しでも楽しんでいただくような、
いい芝居を造り上げることを約束いたしますれば、
何卒いずれの皆さまも
温かいご声援、また、厳しいご指導をお願い致します。

それと、、、
父のことを忘れないでください。


テレビより文字起こし。間違っている部分ありましたらご容赦ください。



2日経った今日も、
勘三郎さん関連の何も見ても、何を読んでも、
頭の中で勘三郎さんの笑顔が思い浮かんでも、
勘三郎さんに心の中で語りかけていても、
潤くんの写真を見てさえも、
ブログを書きながらも、
涙してしまう日を過ごしています。

亡くなった当日の息子さんお二人の口上、
そしてときおり笑みを浮かべながらのお二人の会見の
なんと立派で気丈なこと!

どんなにか勘三郎さんは頼もしく思ったことか。。。


難聴から復帰されて安心したと思ったら、
食道癌を患われて。
でも、手術は成功したと聞いていたから。
最近、マスコミで漏れ伝わっていた深刻な病状は
まったく信用していなかったので、
まさかまさかこんなにもあっけなく亡くなってしまうなんて。



また勘三郎さんに会えると信じていたから、
来春開場の歌舞伎座が楽しみでならなかった。
次に勘三郎さんに会うのは新歌舞伎座だと信じていたから。
あの場に勘三郎さんがいるのが当然と思っていたから。



2007年に道明寺司に堕ちて、潤くんに堕ちて、
ジュンスタを聴き始めて、
そこでたまーに潤くんが歌舞伎の話をしてくれて、
七之助さんと同級生だということを知って、
潤くんがこんなに熱く語る歌舞伎ってどういうのだろう?と思って
興味が湧いて。

たまたま2008年頃に仕事関連で歌舞伎を見る機会があって、
数十年ぶりに見た歌舞伎。
くしくも、今、襲名披露顔見世興行が行われている京都南座でした。

華やかな世界に引きこまれました。

あれから何回歌舞伎を見に行ったのかな?
一時期は毎月のように見に行ってました。
いつも金欠だから、一番安い三等席で見ていました。
それか歌舞伎座が取り壊される前には、
幕見券で見に行ってました。

歌舞伎観劇歴は本当に短いし、浅い知識しかないけど、
玉三郎さんの美しさと、勘三郎さんの小気味いい芝居に魅了された。


2008年の赤坂ACTシアターでの赤坂大歌舞伎、
官藤官九郎の歌舞伎座での「大江戸りびんぐでっと」のおかしさ、
「娘道明寺」の白拍子の美しさ、
「籠釣瓶花街酔醒」の次郎左衛門の醜さとおぞましさ、
「菅原伝授手習鑑 寺子屋」の千代に泣かされて、
「夏祭浪花鑑」のお辰の気っぷの良さに惚れて、
「俊寛」も凄かった。
「文七元結」の長兵衛、、、。
他にもいろいろある。


たぶん、私が勘三郎さんを最後に見たのは、
2010年6月26日コクーン歌舞伎「佐倉義民傳」。
号泣した。
これが、この2010年のコクーン歌舞伎が、
勘三郎さんが始めたコクーン歌舞伎の、
勘三郎さんにとっての最後の演目になってしまいました。
今年、勘三郎さんのいないコクーン歌舞伎を見に行ったけど、
やっぱりいらっしゃらないことがとても寂しかった。

新しい歌舞伎座で勘三郎さんが観たいから、
他の演者さんの歌舞伎ではなく、
最近は文楽を見に行くようになっていました。



歌舞伎座さよなら公演の御名残四月大歌舞伎
2010年4月22日の勘三郎さんと息子さんの親子三人の「連獅子」。
おそろしいほどの迫力だった。
歌舞伎ではあり得ないけど、
カーテンコールで出てくるんじゃないかと思うほど、
拍手が鳴りやまなかった。

その5日後の2010年4月27日の
「助六由縁江戸桜」ではアドリブ込み込みで
ちょっと笑いながらコミカルなお芝居を見せてくださって、
大笑いしてきた。
「新しい歌舞伎座で会いましょう」と勘三郎さんが
おっしゃってた覚えがあります。



勘太郎さんに長男ができた時、
これで中村屋は安泰だな〜(^^)って思ってた。
これなら、芝翫と四代で共演できるんじゃないかって思ってた。

去年、芝翫さんが亡くなった時、残念だなと思ったんだけど、
まさか勘三郎さんまでとは。。。


ここ数年、
中村屋さんを中心に見てきた歌舞伎でした。
中村屋の勘三郎さんを見てきた歌舞伎でした。
心残りは、
通常の公演よりもお高いからと、
平成中村座を一度も見に行けなかったこと。


大竹しのぶさんが、「いないと困る」とおっしゃっていたけど、
本当にそう。


もっともっと勘三郎さんのお芝居を観たかった。
年を重ねて円熟味を増すであろうお芝居を観たかった。
勘九郎さん、七之助さん、
最愛のお孫さんとの共演も観たかった。
勘九郎さん、七之助さんの成長っぷりも観て欲しかった。


一ファンの私でさえこんなに泣いてるのに、
ご家族やお近くの方々はどんなにか…。
きっと芸能界での父親のように勘三郎さんを近くに感じていたであろう潤くんも
相当ショックを受けていると思います。
小山三さんはどうしておられるんだろう。


吉右衛門さんも、仁左衛門さんも、玉三郎さんも、團十郎さんも好きだけど、
あの方達の歌舞伎はまさに伝統の「歌舞伎」だと思っていて、
かといって、
三代目猿之助や海老蔵、獅童、染五郎とかの若手はまだまだだなと思っていて、
勘九郎さんは勘三郎さんにそっくりでつらい・・・。
だからこそ、その中間を埋めてくれる勘三郎さんは貴重な存在だった。
伝統芸能としての歌舞伎の「芯」と「核」を持ちつつ、
いろんなチャレンジで新しい歌舞伎を私に見せてくれた。
歌舞伎ってこんなに面白いんだ!って思わせてくれた。
次は何を見せてくれるんだろうって、ワクワクさせてくれた。

歌舞伎界にとって、演劇界全体にとっても、
本当に大きな大きな損失。哀しみです。



お芝居への情熱と、
一瞬でも目を逸らせないような凄みがあった。
誰にでも愛される愛敬があって、
「よっ〜!」って声がけしたくなる粋があった。
軽妙洒脱で面白いのに上品さがあった。
オーラがあって、かわいさがあって、そして華があった。
勘三郎さんが舞台に出た瞬間にパッ〜と明るくなるような、
誰もが惹きつけられる「華」のある方でした。



勘三郎さんのお父さまの先代勘三郎が亡くなったのは、
勘三郎さんが33歳の時だったそうです。
勘九郎さんは現在31歳。
ほとんど同じ年齢で、偉大なお父上を亡くされたんですね。


勘九郎さんは
「父を忘れないでください」と言っていたけど、
忘れることなんてできません。忘れるはずありません。

お父さまのことを「せっかち過ぎるでしょ」って、
終演後の会見で勘九郎さんおっしゃってました。
本当にそうです。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
以前何度かコメントさせていただいた、歌舞伎と松本さんが好きな、にかげです。ジュンスタが終わりこちらの更新頻度が減っても時折覗かせていただいていました。
勘三郎が死んで私もずっと泣いてます。私の中の歌舞伎も、いつも中村屋さんが中心でした。
小山三さん心配ですよね。
フジテレビの追悼番組は録画でまだ見られていませんが、見たらまたきっと号泣です。
にかげ
2012/12/08 00:52
にかげさん
こんにちは。ご無沙汰しております。
訃報を聞いた時、にかげさんのことも思い浮かびました。4、5年ほどの歌舞伎歴しかない私がこんなにツライのに、以前より七之助さんのファンでいらしたにかげさんはもっとお辛いだろうな・・・って。なので、哀しいですが、コメントうれしかったです。

私もまだ追悼番組は見ていません。今日はNHKでも放送されるそうですね。勘三郎さんのお仲間のブログやツイッターを今日見ていたら、また涙が止まらなくなりました。
小山三さんには、勘九郎さんと七之助さんの成長を見守るという役割を持って頂き、まだまだ長生きしていただきたいですね。

命を削るように駆け抜けていかれてしまわれましたね。残念で残念で哀しくてたまりません。
にかげさんへ
2012/12/08 13:40

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